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世界を平和にしたいな♪
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世界の平和を願いつつも、家庭の平和だけで手いっぱいの介護福祉士、ちゃん が綴る、家事と育児と仕事にまみれる日々

2012年2月4日 22:25
お礼奉公

中1の娘が通う中学の授業参観に行ってきました。

教室の廊下一面に、「将来自分が就きたい職業」が紹介されていました。

A3画用紙に色とりどりに紹介されている仕事の数々は、

ウェブデザイナー

トリマー

サッカー選手

歌手

ダンサー

シンガーソングライター

獣医

イラストレーター

理学療法士

等々、

廊下いっぱいに、子供たちの夢が広がっていました。

教室の中で、百人一首に興じる子供たちの歓声に後ろ髪を引かれながら、

職場に向かいました。

今日は、96歳のお婆さんの、施設間移動をお手伝いしたのですが。

そのお婆さんの話もまた、なんとも言えないものでした。

「私は、小学校を卒業すると製糸工場に奉公に出てね。
毎日、住み込みで一生懸命働きましたよ。
朝と昼は、ご飯とみそ汁と菜っ葉なんだけど、夕飯には、お魚が一切れ付いてくるんだ。
うれしかったよ。
え?
楽しかったか?
楽しいとか楽しくないとか、そんなんじゃなくて、それが当たり前だったんだよ。
4年の年季があけると、一年のお礼奉公があってね。
それが終わると、家にかえれるんだ。
え?
お給料?
お礼奉公は、雇ってもらったお礼ですから、給料が出るわけないじゃない!」
え?
おかしくないですよ。
あの頃は、それが当たり前だったんだから。」

女工哀史

言葉は知っていましたが。

生々しく本人から語られると、さすがに重いです。

きらきらした夢を描いている今の中学生と、

同じ年齢で、奉公に出されたかつての女工さん。

時空をまたいで、その姿が脳裏に重なります。

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2012年2月4日 2:25
自由

夕方、施設からひとりで外出したお爺さんが、

数時間経っても帰ってこないため、

夜の繁華街へ、捜索に出ました。

なるほど。。。

あらためて見回す夜の街は、

きらびやかで、怪しげで、魅惑的でした。

明るいお日さまの下ではなく、

ヘルパーや、施設職員同伴ではなく、

ネオンの中をひとりでさまよう楽しさを享受したかったのでしょう。

疲れきって、倒れそうになりながら、フラフラと道に迷っている後ろ姿から、

「迷子になる権利」を行使する強い意思を感じとりました。

僕ら施設職員は、彼らのそんな当たり前の権利を、

安全の名の下に、

簡単に奪っているのかもしれません。

「自由って一体なんだい?」

尾崎豊の言葉を思い出します。

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2012年2月3日 8:5
家族分離

高齢者虐待のケース。

介護者である嫁さんからの虐待。

お婆さんは、重度の認知症。

家族は、それが理解できず。

緊急保護的に施設のショートステイ利用になり、

行政機関も含め、もう自宅へは戻れないと判断。

現在、今後の生活の場を検討中です。

昨日は医療機関受診の援助をしました。

気の良いお婆さんは、楽しそうにドライブを満喫していましたが、

背景にあるのは、

40年間に渡る、嫁姑の深い闇。

根の深い確執と、

力関係の逆転。

ここに至るまでの経緯を、

知れば知るほど、

どちらもが、被害者であり、加害者でもある。

家族を分離させることが、

良いことか悪いことか。

誰もジャッジなんてできない。

ただ、それを問うている

猶予はない。

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2011年6月14日 0:35
この書類の中に

真夜中。

大量の書類と格闘していると、内線で呼び出される。

状態が急変した100歳の爺さんが、肩で息をしている。

苦しそうなゼイゼイした呼吸。

滝のような汗。

血圧が230まで上がり、

血中の酸素濃度も80%より上がらないと報告がある。

さて・・・。

家族に電話し、判断を仰ぐ。

このまま施設で様子をみて、できるかぎりのことをするか。

救急搬送して、点滴、尿バルーン、経管栄養の管をつなぐか?

これは、「人生の最後をどこでどう迎えるか?」
という意味になる。

家族からは、そのまま最後まで施設で過ごさせてほしいとの意向。

それが、爺さんが元気だった頃の意思でもあると言う。

それは、我々施設職員への信頼の現れでもある。

良かった。
真夜中まで闘っているこの書類の中に埋もれているものが、人の命だったことを思い出せた。

爺さん、ありがとう。
貴方の人生の幕引きに付き合わせてくれて。

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2011年5月29日 0:55
母と息子

認知症の母親と息子のふたり暮らしという家庭に関わることが多いです。
問題がない家庭には関わらないので、多くの場合、息子さんが、何らかの事情で社会に適応できないでいることにより、相談・援助の依頼に繋がってきます。
その原因は、精神疾患だったり、発達障害だったり。
いずれにせよ、母親が抱え込んで面倒をみなければ、生きてこられなかった。
時代背景もまた、それを良しとする、そんな時代だったのでしょう。

40年も50年も、一生懸命自分を守ってくれていた母親が認知症になり、きちんと自分の世話をしてくれなくなった時。
その息子さんたちの抱える葛藤は、私たちの想像の及ばない世界にあります。

そんなデリケートな家族を援助することの難しさ。

昨日も、骨折の疑いがある母親を寝かせきりにして、病院へ連れて行こうとしない息子に業を煮やし、無断で母親を拉致して通院させようと画策して、息子に阻止されました。

結果的には息子さんの了解の上で、医療につなげることで解決が計れたのですが。

人としての倫理感と、職業上の責任感と、専門職としての見識と、場合によっては刑事事件になってしまうほどの強引な自らの行為への恐怖と・・・.反省と。

後になって考えれば、冷静に振り返ることができるのですが、その時は無我夢中で・・・。

まだまだ修行が足りんナ。

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2011年4月26日 12:58
再び地域へ

施設が、震災の影響による非常時体制に入ってまだ日の浅い3月15日に、社会福祉士国家試験の合格発表がありました。
まさかのどんでん返しで合格していたのには、職場の仲間たちも驚いていましたが、いちばん驚いたのは自分自身でした。

4月からは、地域包括支援センターに配置換えとなり、あらたな一歩を踏み出しました。
自宅にいて、様々な困難を抱え生活しているお年寄りとその家族に、適切な援助や制度を繋げていくことが大きな仕事です。

4年前。
職務中に交通事故を起こし、在宅介護支援センターでの仕事を中途半端に離れてしまったことのリベンジの機会です。

他人の人生と、その終結を左右してしまう重みを忘れずに、一から勉強し、努力と経験を積み重ねていきたい。
そんな青臭いことを真剣に考えている春です。

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2011年4月24日 15:28西武園遊園地
2011年3月17日 7:41忘備録
2011年1月18日 12:34卒業証書
2011年1月16日 1:39感謝の言葉
2011年1月11日 15:15形見


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